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伝統工芸士 川合福男さん 筆職人 中西由季さん デザイン書道作家 鈴木愛さん 伝統工芸士 川合福男さん 筆職人 中西由季さん デザイン書道作家 鈴木愛さん

最高の道具をつくる仕事 最高の道具をつくる仕事

川合福男さん(以下、川合)

 筆づくりは技を教えてもその人次第なんです。感覚的なものは本人にしか分からないものですから、教える方も教わる方も難しい。豊橋筆は馬や山羊など、何種類もの動物の毛を使って筆をつくります。長さも硬さも質感も違う毛を練り混ぜて、いくつもの工程を経て筆のかたちに整えていくのですが、材料が毎回違うので常に新しいものを作っている感じです。

中西由季さん(以下、中西)

 筆の魅力は伝統工芸品でありながら、装飾品ではなく道具である点だと私は思っています。10年の修行を経て独立する時、師匠からは「今からが本当の修行。一生修行だからな」と言われました。師匠は今でも8時半から21時半まで筆づくりをしています。職人の世界に働き方改革とかはないですね(笑)。

川合

 豊橋の筆は工程が多いんです。例えば、豊橋筆は毛の根元を「焼き締め」して毛が抜けないようにします。よく毛が抜ける筆はおそらく中国産で、焼き締めをしっかりしていないものが多いと思います。しかも、学童用の筆を大量につくる産地では分業制が一般的ですが、豊橋筆は多くの職人が一人で最初から最後まですべての工程を行います。その分、一本一本の筆に対する思いは強いです。

中西

 筆で書いた文字は、ボールペンなどとは違って独特な優しさがあります。そういう部分を体感してもらいたいと思い、地元でのワークショップや伝統工芸に携わる女性グループでの活動も積極的に行っています。グループの一人が描いた私のイラスト画には頭に筆が挿してありました。それをヒントに髪留めに筆を使い始めたんです。寡黙で近寄りがたい職人というイメージを払拭し、子供たちが親しみやすくなると思ったんですよ。

川合

 私も含め伝統工芸士の平均年齢は70歳を超えており、筆の世界にも若いパワーがもっと必要だと感じるんです。だから、鈴木愛さんのように書にデザイン的な要素を取り入れ、より自由に親しみやすく表現する方の存在は、私達のような職人にとってもありがたいんですよ。

伝統を繋ぐ新たな力 伝統を繋ぐ新たな力

鈴木愛さん(以下、鈴木)

 ありがとうございます。デザイン書道で私が一番大事にしているのは、文字の形を借りて目に見えないイメージや思いまでも表現することです。豊橋筆に出会う前に使っていた筆は、グッと押し込んだ時に毛がピンと跳ねて、余計な線が出てしまうことがありました。余分な毛を自分で抜いて使っていたのですが、川合さんをはじめ豊橋筆の職人さんがつくる筆に出会った時、すごく丁寧につくられているのを感じました。余計な線が出ず、思いやイメージが筆の先端まできちんと伝わる感覚がありました。

川合

 鈴木さんのような人が筆の仕事を増やしてくれると思うんです。書道と言うとどうしても手本に倣ってその通りに書く経験しか持っていない方が多いのではないでしょうか。それだけでは飽きてしまうし辞めてしまうわけです。だけど、楽しく書こうという文化があっても良いんです。実際、鈴木さんのデザイン書道の教室で腕を磨いてプロになった生徒さんも幾人もいますよね。

鈴木

 筆は消耗品ですから書けば書くほど、使用する筆の本数も増えます。プロが増えれば、それだけ筆の需要も増えるでしょう。そういう意味でプロになる方が少しでも増えると良いなと思っています。

川合

 筆が売れなくなれば担い手も減ります。豊橋筆の職人も中西たちを除けば、50歳近い人が一番若い。私も含めて今、第一線で仕事をしている職人は働けても後10年。そうすると筆の需要があっても作る人がいないという状態になります。鈴木さんや中西の新しい発信から、筆の職人になりたいという人が現れるかもしれません。だから、彼女らには本当に感謝しているんですよ。

鈴木愛さんの『AGRIFUTURE』 鈴木愛さんの『AGRIFUTURE』

美味しくて喜ばれる農畜産物をつくるという山の頂(A)を目指して、日の出(R)の光を浴びながら、枠組みを突き抜け勢いよく鳥(F)が空を舞う様子を描いています。