2024年にグランドオープンした山口県宇部市海南町にあるJAの直売所「新鮮館 宇部店」。その一角では、「ふれあい朝市」が週に3回開催されています。その商品棚を新鮮な野菜で埋める中心メンバーは、80歳前後の元気な農家のばあちゃん達。始めたきっかけは、地域農業への強い危機感でした。
飯田孝子さんが旧JA山口宇部 宇部支部(現JA山口県 宇部統括本部)の女性部の会長を引き受けた約35年前、宇部市内では農地の宅地化が進行していました。そのため、農業を辞める人やJAの組合を抜ける人が目立ち、女性部も退会者が増え、飯田さんは危機感を募らせたといいます。そんな時、あるJA職員に「山口県の西部で始まった朝市というものをやってみたら?」とアドバイスをもらいました。「それは良い!」と思った飯田さんを含む5人が中心となり、下関市や萩市など、朝市が開催されている場所へ何度も視察に回り、やり方を学びました。
ノウハウを得た飯田さん達は朝市の開催に向けて動き出しますが、地元では初めての取り組みだけに、当初はなかなか苦労されたそうです。「女性部に朝市への協力を呼び掛けた時、出資金を一人1万円に設定すると賛同者がいなくて。次に5千円でもダメで、千円まで下げてようやく49人が集まりました」(飯田さん)
農業関係者らの反対の声もある中、宇部市にあるJAの敷地内にテントを建ててスタートさせると、想定を超える多くのお客さんが訪れました。朝市や直売所がまだ珍しかった時代に新鮮野菜を買える場所として、その後も客足は順調に伸びていきます。すると朝市への参加希望者も増えていき、会員は100人を超えました。
飯田さんは「何でも揃えられる場所にしたい」という考えから、近隣の鮮魚店や乾物店に直接交渉を行い、商品を出してもらうようにしました。また、宇部市内で収穫できない農産物も、果物産地や業者に直接出向き仕入れルートを確保。幅広い品揃えも人気の一つとなる中、「宇部でバナナが取れるんか?」と首をかしげるお客さんもいたそうです。
2年後には評判を聞きつけた旧JA山口宇部内の別地区の女性部の人達が「私たちにもやり方を教えてほしい」と視察に来るように。飯田さんは「自分達も見よう見まねでやっていただけだったから、聞かれたら何でも答えました」と振り返ります。JAの支援もあり、気が付けば旧JA山口宇部の各支所ごとに朝市が開かれるほど広がりました。
2018年に宇部の「ふれあい朝市」は30周年を迎えました。飯田さんが30周年記念誌に寄せた挨拶文には、次のような想いがつづられています。
「農業を取り巻く社会情勢は厳しく、将来の展望は不透明で不安で深刻化している。それでも、私達は諦めることはできない。なぜなら食と農は人の命を守ることだから」
現在も、宇部市では農業従事者の高齢化と市街化が進行しています。市場出荷に向けた大量生産が難しい農家が増えていく中、「ふれあい朝市」の存在は小さな農家にとって、農業を続ける励みであり大きな支えです。また、朝市で連携を深めた女性部では、これまでに郷土料理を振る舞うイベントや料理教室、小学校での食育など、さまざまな活動を展開。地域に食と農を広める取り組みにも力を入れています。
2024年4月から「ふれあい朝市」は、JA直売所「新鮮館 宇部店」のグランドオープンに合わせて店内の一角で開催することになりました。直売所と一緒になる今回の決断は、JAとの協力体制の強化であり、朝市を継続するためにも必要でした。「ふれあい朝市」の31年目に、飯田さんから朝市の会長職を引き継いだ村田博子さんは「運営上の作業が減ったことで経費が節約でき、畑に出る時間が増えました」と語ります。今後は朝市で子ども食堂を開催することを目標にして、地域の野菜を使った料理の伝承にも力を入れていきたいと考えているそうです。
JAの直売所「新鮮館 宇部店」で毎週火曜、金曜、日曜で営業しています。開店前には新鮮な農産物や美味しいお惣菜を求めるお客さんが長蛇の列をつくる、地元で知られた人気の定期市です。最近では定年後に農業を始めた男性の出荷メンバーも増えています。
JA山口県 宇部統括本部が運営する直売所。地域の生活者に地元産をもっと意識してもらいたいという思いで、地元で採れた「美味い」農産物を揃えています。中でも販売に力を入れるのが宇部産のお米「宇米(うまい)」。厳しい栽培基準をクリアした1等品質のお米で、店頭精米を行っています。
「宇米」は山口県農業協同組合の登録商標です